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役所情報

内閣府の外局等 宮内庁の組織・役割



宮内庁内閣府の外局として位置づけられています。霞が関ではなく、旧江戸城跡地である皇居の中にあります。皇室の公務、及び私的な生活を支えるのが主な仕事です。

宮内庁の歴史

宮内庁の歴史

大宝律令の時代から宮内庁と同様の役所が置かれてきた歴史があります。戦前は宮内省という名前で、専任の大臣をおく官庁でした。戦後は、皇族の数が少なくなり、所管事務を他に移して規模も縮小されました。1947年(昭和22年)5月3日、日本国憲法の施行とともに宮内府となり、内閣総理大臣所轄の機関となりました。

1949年(昭和24年)に総理府設置法の施行により、総理府の外局としての宮内庁に。2001年(平成13年)、中央省庁再編が行なわれ、内閣府が誕生し、その外局となりました。

宮内庁の組織

宮内庁の組織

宮内庁は内閣府の外局ですが、他の外局とは一線を画しています。トップは宮内庁長官で、その下に侍従職(じじゅうしょく)、東宮職(とうぐうしょく)、式部職(しきぶしょく)、書陵部(しょりょうぶ)、管理部が設置されています。侍従以下の職名は大宝令以来の名称がそのまま残っています。

宮内庁の仕事

宮内庁の仕事

宮内庁の仕事は、天皇陛下や皇族のお世話をすることと、皇族関係の施設管理をすることです。一般の古墳は文化庁や地方自治体の管理になりますが、天皇・皇族の古墳は宮内庁が管理します。環境省がかかわることもあります。宮内庁の管理下には、約700の天皇・皇后・皇族の陵墓があります。

天皇・皇后両陛下のお世話をするのは侍従職です。天皇の判子である御璽(ぎょじ)や日本国の印鑑である国印の管理も行ないます。総理大臣などを任命するのは天皇陛下なので、天皇陛下の御璽の管理は大変重要なことです。憲法などでは御名・御璽と書かれていますが、本物には天皇陛下のご署名(御名)があり、天皇印(御璽)が押してあります。

他には、皇太子、皇太子妃両殿下のお世話をする東宮職、儀式の管理などをする式部職、陵墓(お墓)や皇室関係の書類を管理する書陵部、また、京都の桂離宮京都御所正倉院御料牧場等、別荘である那須や葉山の御用邸を管理する管理部があります。

皇室費には、国事行為など天皇の公的行為に必要な経費にあてる宮廷費と、天皇・皇族のプライベートな生活にあてる内廷費・皇族費があり、すべて国会の承認を得て決められます。

宮内庁の幹部は出向者ばかり

宮内庁の幹部は出向者ばかり

宮内庁は、天皇家と皇族のお世話をする仕事と、国賓等の接遇をする仕事があります。国賓等の接遇は外務省が中心となって行なわれます。そのため宮内庁の幹部は、外務省をはじめ、他省庁からの出向者がほとんど。特に儀式管理をする式部職は、外務省から出向者を迎えます。天皇陛下のお世話係のトップである侍従長も、外務官僚が多く就任しています。一方、宮内庁長官には、旧内務省系の旧厚生省、警察庁、旧自治省出身者が多く就任しています。

伝統技能の保護も仕事のひとつ

伝統技能の保護も仕事のひとつ

宮内庁の重要な仕事のひとつに、日本の伝統技能の保護があります。日本独自の音楽である雅楽は宮内庁に雅楽隊があり、宮中の儀式などで演奏されます。

また、岐阜県岐阜市で有名な長良川の鵜飼いも宮内庁の鵜匠。鵜飼いとは鵜という鳥を利用して鮎を捕る伝統漁法です。国内には各地に鵜飼いがありますが、宮内庁の鵜匠がいるのは長良川の鵜飼いだけ。そのため、長良川の鵜匠は天皇陛下に鮎を献上します。これは、戦前に財政難でつぶれかけた鵜飼いを救うために内務省から派遣されていた岐阜県知事が、当時の宮内省に頼んで財政的な支援をしてもらった名残です。