ご希望の市区町村役場/県庁/省庁情報を無料で検索できます。

施設リサーチ/ホームメイト・リサーチTOP

パブリネット
市区町村役場/県庁/省庁
トップページへ戻る
トップページへ戻る

役所情報

律令制時代の琉球国



「沖縄県」は、その昔「琉球国(りゅうきゅうこく。現代は『琉球王国』と言うことが多いです。)」と言われ、独自の国家を築いていました。ここでは、琉球国の概要や歴史などを紹介します。

琉球国の歴史

琉球国の歴史

今でこそ47都道府県ある日本ですが、廃藩置県が行なわれるまで沖縄県は琉球国として独立していました。そんな琉球国時代の変遷について紹介しましょう。

国の起こり
琉球国の起原は諸説ありますが、1429(正長2)年に尚巴志王(しょう・はしおう)が北山、中山、南山の国内の3つの山を征した(三山統一)ことによって成立したとされています。その後、1462(寛正3)年に尚円王(しょう・えんおう)が王位となると、ここではじめて中央集権体制が整います。さらには奄美群島北部にまで進出を果たし、勢力下に治めることに成功すると、琉球国建国以来最大の領土を有することとなりました。
薩摩の侵攻と黒船の来航
1609(慶長14)年、当時薩摩藩を統治していた島津氏が、琉球国の領土だった奄美群島を経て琉球国本土へと侵攻します。琉球国は、これに対応するも敗北し、ここで、薩摩の占領下となりました。しかし、国と言う体制は崩れず、言わば「付庸国(ふようこく)」と言う立ち位置となるにとどまりました。さらに1853(嘉永6)年には、アメリカよりペリー提督が来航し、翌年に那覇を開港します。
廃藩置県
1871(明治4)年に政府が廃藩置県を実施すると、薩摩の領土となっていた琉球国は鹿児島の一部地域として扱われることとなり、1872(明治5)年には正式に琉球藩が置かれます。ここで、付庸国としての扱いは事実上失われます。そして1879(明治12)年、琉球藩も廃止となり、鍋島直彬(なべしま・なおよし)を県令として沖縄県が設置されると、「琉球」としての歴史は幕を閉じます。

文化について

日本だけでなく、中国など各国からの影響も受け、独自の歴史を築いてきた琉球国には、様々な特有の文化が存在します。その一部を紹介しましょう。

文学
「8・8・8・6」からなる「琉歌」などが収められた歌謡集「おもろさうし(おもろそうし)」が有名です。1531(享禄4)年から、約100年にわたって編纂されました。琉球では最も古い歌集で、全22巻、計1,554首もの歌が載っています。
琉球舞踊
琉球古典音楽に乗せて舞う舞踊で、主に中国からの使節団をもてなす際に披露されていたと言われています。笛、太鼓、三線(さんしん)、箏(こと)、胡弓(こきゅう)といった楽器を演奏しながら舞うのが通例です。玉城流、安座間本流などの流派も数多くあります。