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役所情報

第13・14代大阪府知事の横山ノック氏



歴代の都道府県知事の中には、「元作家」や、「元お笑い芸人」「元タレント」といった「著名人」も大勢います。ここでは、元お笑い芸人で第13、14代の2期に亘り、大阪府知事を務めた、横山ノック氏を取り上げ、経歴や主な政策などを紹介します。

横山ノック氏の生い立ち

横山ノック氏の生い立ち

横山ノック氏は、1932(昭和7)年1月30日に兵庫県神戸市で生まれました。神戸市立楠木高等小学校を卒業後はしばらく米軍基地にて働いていましたが、1955(昭和30)年ごろに「宝塚新芸座」という一座に入団し、舞台での活動を始めます。同時に秋田Aスケ・BスケのBスケへ弟子入りをし、コンビで漫才を行なっていました。この頃の芸名は「秋田Kスケ」でした。しかしその後、事務所移籍などもしがらみもありコンビを解消し、改めて「エンタツ・アチャコ」の横山エンタツに弟子入りします。そして「横山ノック」と名乗るようになり、フック、パンチとともに漫才トリオ「漫画トリオ」を結成し、関西を中心に人気を得るようになります。

ただ、1968(昭和43)年に、「第3回上方漫才大賞奨励賞」を受賞すると、その後トリオを解散します。さらに同年7月には、参議院議員に当選し、政界の道へと進むようになります。ここからは、タレントと参議院議員の二足のわらじを履いた生活が続きました。テレビ番組での司会や、歌手としてレコード発売まで果たすなど、主に関西で活躍しました。

知事となったのは、1995(平成7)年のことです。赤字財政が問題視されていた大阪府を立て直すことを主な目標とし、様々な施策を行ないました。そして政策に奔走した結果、住民の支持を得ることができ、2期目は235万票もの圧倒的得票数を獲得し当選しました。ただその直後に、選挙活動中の「強制わいせつ」の疑いが浮上し、1999年12月に知事を辞職します。そして、翌年には有罪判決を受けることとなりました。

横山ノック氏の主な功績

横山ノック氏の知事時代の主な功績としては、赤字続きだった大阪府の財政をたて直したことが挙げられます。横山ノック氏が当選した当時、大阪府が抱えていた特に大きな問題は「赤字財政」でした。そこで、横山ノック氏は、これに注力しました。特に不良債権が膨らみ業務存続が不可能と思われていた「木津信用組合」に業務停止命令をしたことが挙げられます。

また、タレントであったことの強みとして対応力が挙げられます。オール野党の議会であっても、各地の要人との対面であっても、毅然とした態度で対応していたということが、地域住民からの評判を得ていた要因のひとつであると言えます。