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第15・16代長野知事の田中康夫氏



歴代の都道府県知事の中には、元タレント、元芸人、元作家といった「有名人知事」が大勢います。ここでは、そんな有名人知事のひとりであり、作家としても知られる元長野県知事、田中康夫氏について紹介します。彼の経歴や具体的な功績を振り返っていきます。

田中康夫氏の生い立ち

田中康夫氏の生い立ち

田中康夫氏は、1956(昭和31)年4月12日生まれの人物です。出生場所は東京都武蔵野市ですが、幼い頃に父親の転勤で引越し、少年期、青年期は主に長野県で暮らしました。高校卒業後は、浪人時代を経て1976(昭和51)年に一橋大学法学部に入学します。そして卒業間近に、作家としてのデビュー作『なんとなく、クリスタル」を執筆し「文藝賞」を受賞すると、卒業後に入社した会社をすぐに退社し、作家活動やメディア露出を増やしていきます。それでは主な著書を紹介します。

『ブリリアントな午後』(1982年/河出書房新社)
世界を股にかけて活躍する女性モデルの「孤独」を描いた長編小説です。
『ハッピー・エンディング』(1988年/角川書店)
女性の多彩な恋模様を描いたフィクションです。
『オン・ハッピネス』(1994年/新潮社)
ミスコンを経て、それぞれに「栄光」と「陥落」を知った女性2人の、繊細な心理を描いた長編小説です。
『神戸震災日記』(1996年/新潮社)
阪神淡路大震災で大きな被害を受けた現場に自ら赴き、ボランティアを行なった田中康夫氏本人のレポートがまとめられています。

「神戸震災日記」にもある通り、田中康夫氏は1995(平成7)年に起こった「阪神淡路大震災」を受けて、ボランティア活動に精力的に取り組みました。また、以後「市営神戸空港建設反対署名運動」の代表となるなど、神戸市での活動も行なっています。そして2000(平成12)年になると、故郷の長野での県知事選に当選すると、以後2期務めることになります。ただ、3期目は落選し、その後は参議院議員(2009年8月まで)、衆議院議員(2009年8月から)として活動しています。

田中康夫氏の主な政策

田中康夫氏は、もともと知名度が高かったことに加え、政策ひとつひとつで斬新な発想を展開した「革新知事」としても大きく名を馳せました。

脱ダム宣言
事業として大きな意味を成さない建設物をやたらに建設したくないという意志のもと、当時計画が進められていたダムに対し改めて審議を要請しました。
脱記者クラブ宣言
これにより、記者クラブに加盟することが許されていない、ジャーナリストらでも情報が手にいれやすくなりました。ただし、これに対し記者クラブ所属の大手マスコミは知事を痛烈な批判を展開し、以後の知事落選の一因となってしまいました。
市町村合併
全国的に大きな市町村合併が進んでいた中、合併反対の意志を持つ田中康夫氏は慎重に審議を重ねました。こういった意志は県民にも反映され、住民による市町村合併の協議は多数破談となりました。