ご希望の市区町村役場/県庁/省庁情報を無料で検索できます。

施設リサーチ/ホームメイト・リサーチTOP

パブリネット
市区町村役場/県庁/省庁
トップページへ戻る
トップページへ戻る

役所情報

第6-8代東京都知事の美濃部亮吉氏



歴代の都道府県知事の中には、知事として大きな功績を残し有名になった知事が数多く存在します。ここでは、任期中に様々な功績を残した元東京都知事の美濃部亮吉氏について、彼の経歴や具体的な功績を振り返りつつ紹介していきます。

美濃部亮吉氏の生い立ち

美濃部亮吉氏の生い立ち

美濃部亮吉氏は、1904(明治37)年2月5日に現東京都で生まれました。1927(昭和2)年、東京帝国大学(現東京大学)経済学部卒業後は、法政大学教授や毎日新聞論説委員、内閣統計委員会委員、東京教育大学教授、行政管理庁統計基準部長など、各種役職を任され、経験を積んでいきます。

また、NHKの番組「やさしい経済教室」では解説者として出演していたこともあり、一般にも広く名の知れた人物となっていました。東京都知事になったのは、1967(昭和42)年のことです。以降、「革新都知事」として、様々な政策を実行します。これにより、都民に親しまれる知事となり3選を果たし、結果、計12年もの間、都政を支え続けました。しかし4選目となる1979(昭和54)年の都知事選には不出馬を表明し、退任しました。その後は、参議院議員となるも、1984(昭和59)年に80歳で亡くなります。

また、『独裁制下のドイツ経済」(福田書房)、『苦悶するデモクラシー」(文藝春秋新社)など著書も発表しています。

主な政策

美濃部亮吉氏は知事となってから主に「福祉」関連に力を入れるようになりました。ここでは、その福祉に関する政策をはじめ、その他の主な政策についても紹介します。

老人医療費無料化
福祉政策のひとつで、高齢者の医療費を都が肩代わりするというものです。国による抗議でいったんは頓挫(とんざ)してしまったものの、都民による大規模な署名活動により実現しました。のちに、全国の自治体にも広まっていく画期的な政策でした。
高齢住民の都営交通無料化
高齢者だけが持ち得るパスを提示すれば、都営交通が無料で利用できるという政策です。
公営ギャンブルの廃止
美濃部氏の「公営でギャンブルを推進してはいけない」といった思想のもと、都は、競馬や競艇、オートレースなど、それまで公営で行なっていたギャンブルから撤退することを表明しました。その後は、主催者を移すことで一部の会場で存続することになりました。
歩行者天国の実施
美濃部氏が都政を行なっていた時期は、特に自動車が急増していた時代だったこともあり、「事故の増加」や「排気ガスによる公害」、「運転手の歩行者の軽視」が危惧されていました。そのため、都民が「歩行者を尊重するべき」という考えに切り替えられるよう、実施しました。歩行者天国を行なった周辺商業地の発展にも大きな役割を果たしました。