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役所情報

広島市役所の特徴



広島県広島市は、第二次世界大戦中に長崎と同じく原爆が投下された街です。広島市には当時の原爆による被害を伝えるため、原爆ドームをはじめとする多くの建物や資料があり、広島市役所もその役割を担っています。

広島市役所について

広島市役所について

広島市は、広島県の県庁所在地でもあり、中国・四国地方では人口の最も多い市です。広島市役所は、そんな広島市の行政の中枢施設です。

外観は茶色く、地下2階から地上17階まであり、17階屋上にある展望台の一部は市民に開放されています。この展望台では、屋上緑化の実験も行なわれています。

広島市役所は、市制施行の1889年(明治22)年に設置されました。市制施行までは「広島区役所」という名称で親しまれていました。その後の1928(昭和3)年に中島新町から現在の国泰寺町に移築されました。この場所は爆心地からは、1.02キロメートルしか離れていませんでした。

原爆投下と広島市役所

原爆投下と広島市役所

1945(昭和20)年の8月6日、広島市に原爆が投下されます。爆心地から1キロ程しか離れていない広島市役所も大きな被害を受けました。窓ガラスが割れて飛んでいってしまったため内部はすべて焼かれ、8月6日当日市役所にいた人は、その年の末までに約30名が亡くなってしまいました。

内部はひどい被害を受けましたが、市役所の建物その物は耐震構造となっていたために持ちこたえ、市民の救護にあたる場所となりました。市役所の建物はその後も使用され、第二次世界大戦後に一部修復をしてからも、1985(昭和60)年の新庁舎の建築まで長く使われました。このときに地下室以外は取り壊されましたが、被爆建物の一部である地下室は、現在も資料展示室として残されています。

市役所内に残る原爆資料

市役所内に残る原爆資料

地下の資料展示室の中には、被爆後に救護活動にあたった市役所職員と関係者の資料や、被爆当時の状況を記した資料などが展示されています。

また、広島市役所の中には被爆桜、爆心樹木のソメイヨシノがあります。昭和初期に植えられた桜は、原爆のために幹を残して他は焼けてしまいましたが、その後は息吹を取り戻し、現在も残っています。さらに、広島市役所の中には、被曝石もあります。原爆被害にあった旧庁舎の敷石などが現在の庁舎の正面広場や池の敷石、緑石材として使用されています。しかし、緑石材として使えなかった石は、一定の条件を満たせば譲与される場合もあります。

このように、広島市役所は行政の施設としてだけではなく、現代に原爆投下の被害を伝えるための資料でもあるのです。