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「ブロガー市長」こと
元阿久根市長の竹原信一氏



鹿児島県の阿久根市市長を2005~2008年、2008年~2010年の2期務めたのが竹原信一氏です。彼は「ブログ市長」とも呼ばれ、ブログに書かれた内容が話題を集めました。現在もブログやTwitterなどで信条や考えを世間に広くPRしています。

竹原信一氏の略歴など

竹原信一氏の略歴など

竹原信一氏は1959年3月7日、鹿児島県阿久根市で生まれました。防衛大学校を1983年に卒業し、その後航空自衛隊の自衛官の幹部候補生として任官しましたが、1988年に2等空尉で退官します。退官後は、親族が経営する建設系の会社に就職しました。

市議から市長へ

2005年に阿久根市議会議員選挙に出馬し、初当選を果たします。このときの選挙活動では、当時の阿久根市の市政を痛烈に批判した内容のビラを、住民たちの郵便受けにバイクで配っていました。

そして2008年、市議を辞職して市長選に立候補し、初当選しました。その後「竹原派」と「反竹原派」の対立は深まり、市長と市議会のリコール合戦が始まります。

2009年2月、市議会は市長不信任決議案を全会一致で可決します。そのため、竹原氏は市議会を解散しました。さらに、同年4月に再び不信任案が提出され、竹原氏は失職します。

再任、そして失職

反竹原派の勢力が強まる中、同年5月に行なわれた出直し市長選挙において当選を果たします。しかし、2010年に市長解職請求が起こり、解職のぜひを問う住民投票で過半数が解職賛成票だったため、竹原氏は即日解任となりました。復職を狙って2011年の出直し市長選挙に立候補したものの、このときは当選できませんでした。同年、鹿児島県議会議員選挙に立候補したものの、こちらも落選しました。

ブログ市長

ブログ市長

竹原氏は、自身のブログでの公務員のあり方についての言及、また給与問題や市政や市議会について、マスコミに対しての過激な発言などが注目を集めました。その発言は「とんでも発言」や「お騒がせ」などと評され、竹原氏は「ブログ市長」、「ブロガー市長」と呼ばれました。著書に『独裁者 "ブログ市長"の革命」(扶桑社)もあります。

議会欠席、マスコミの締め出し、給与公開など

議会欠席、マスコミの締め出し、給与公開など

竹原氏は、ブログだけではなく、行動に関しても世間の注目を集めました。

議会欠席と撮影禁止

2010年には議場内に報道関係者がいたことから議会の出席を拒否しました。その後、報道関係者に庁舎内の撮影禁止の通達を出します。その後も「私的に所有し創り上げた情報」を流すからと報道関係者は締め出され、議会は流れました。

給与公開

2009年、竹原氏は市政に人件費がかかっていると、匿名で阿久根市の268人全職員の給与明細を開示しました。

これらを見た市民からは、市政の無駄遣いをもっと減らすべきという賛成意見と、議会には出席すべきと反対派と分かれました。

マスコミを騒がせたあとも引き続き、ブログ(「住民至上主義」)と、Twitterにて情報を発信しています。