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杉並区長などを歴任した山田宏氏について



東京都出身衆議院議員の山田宏氏は、東京都杉並区長や大阪市特別顧問などを経て、東京維新の会の代表を務める人物です。野田佳彦元首相とは松下政経塾にて先輩、後輩の間柄です。著書に『ニッポン創新!」(扶桑社)、『第3の道 日本人が豊かに暮らせるための答え」(マガジンハウス)などがあります。

山田宏氏の略歴など

山田宏氏の略歴など

山田氏は、1958年に東京八王子市で誕生しました。高校生時代に起こったロッキード事件に衝撃を受け、政治界へと進みます。京都大学法学部を卒業後、松下政経塾に第2期生として入塾します。

最年少当選から議員へ

1985年に自由クラブ公認で出馬し、最年少で東京都議会議員に当選を果たしました。その後、自由クラブが解党となったため自由民主党に所属します。しかし、松下政経塾の繋がりで1993年に離党して、日本新党の結成に加わります。1993年に第40回衆議院議員総選挙に日本新党公認で出馬し当選します。1994年に日本新党が解党したため、新進党結党に所属します。

杉並区長へ

1998年に衆議院議員選挙に落選したとき、支持者に「国会でなければできない訳はない。杉並モデルを全国に伝播させるのも日本をよくする道」と言われ、区長を視野にいれるようになり、1999年に杉並区長に当選しました。

維新の会へ

2010年に日本創新党を結党して党首になったあと、杉並区長を辞任します。同年に参議院選挙に出馬するも落選します。

その後、2012年から大阪市特別顧問に、同年大阪府特別顧問に就任し、日本創新党を解党して日本維新の会に入党します。東京維新の会代表に就任し、第46回衆議院議員総選挙の比例東京ブロックで復活当選を果たしました。

杉並区長時代の功績

杉並区長時代の功績

山田氏は、杉並区長時代に様々な新しい試みを取り入れました。土曜日や夜間に自動交付機による住民票などの発行を開始したり、区役所本庁の土日開庁など区民サービスや、独自の教員養成塾の設立、学校の校庭を芝生化するなど、教育にも力を入れました。

「杉並師範館」の設立

杉並区では独自に小学校教員を養成するため、2005年に「杉並師範館」を創立しました。学生に基礎的な学力が身についていないという指摘を受けていたことから、区では小学校教育から力を入れる必要性があると判断していました。しかし、教員は数年で異動があり、質の高い教育を持続できないことから、杉並区の教育にずっとかかわり、杉並区を離れることがない教員を区が育てて採用するために作られました。カリキュラムは、土日を中心に組まれ、社会人も対象となりました。この養成塾は、第5期生を輩出したあと、2011年に人件費が膨大になったことなどを理由に解散しました。