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横浜市長として様々な功績を残した
中田宏氏について



中田宏氏は、東京都出身の衆議院議員です。政令指定都市の市長としては、最年少となる30代で横浜市長に当選しました。現在は、議員だけではなく、青山学院大学岡山理科大学倉敷芸術科学大学千葉科学大学などで客員教授を務め、テレビ番組への出演も多い人物です。

中田氏の略歴など

中田氏の略歴など

中田宏氏は、1964年に神奈川県横浜市に生まれました。1989年に青山学院大学経済学部を卒業後、松下政経塾へ入塾し、主にゴミ問題の研究をし、講演活動なども行なっていました。

3期連続当選

その後、参院議員秘書を経て、1993年に日本新党の旗揚げに参加します。同党からの公認で出馬し、衆議院議員にトップ当選します。翌年からは、日本新党が解党したため、新進党に参加、1996年に同党からの公認で出馬し、衆議院議員選挙に再選します。そして、また新進党が解党したため、無所属の会へと移り、2000年の衆議院議員総選挙にも当選し、無所属で2002年まで議員を勤めました。

横浜市長へ

2002年、衆議院議員を辞職して横浜市長選挙に出馬し、現職だった市長を破って当選しました。当時37歳と政令指定都市では最年少での当選でした。その後2期目を続投しましたが、任期途中で市長を辞職します。

維新へ合流

2009年に山田宏氏と共に日本創新党を結成し、代表幹事となります。2010年に同党から第22回参議院議員通常選挙に出馬しましたが、落選しました。2012年に大阪市特別顧問に就任し、その後は日本創新党が解党したために日本維新の会に合流します。日本維新の会政策委員会顧問にも就任しました。そして、同年の衆議院議員総選挙では4期目の当選を果たしました。

横浜市長時代について

横浜市長時代について

横浜市長時の政策としては、公立病院や保育園の民営化、横浜市の累積借入金を約1兆円純減という財政面の立て直しや家庭廃棄物の分別収集の徹底により、ごみ排出量40%削減という成果を出しました。ただし、2009年に開港150周年・市制施行120周年を迎えた記念に横浜市で開催された地方博覧会、「開国博Y150」は見込んだ入場者数を大幅に下回り、多くの赤字を出しています。

スキャンダル問題

また、横浜市長時代、週刊誌に多くのスキャンダルが報道されました。このスキャンダルは最終的に裏付けのないまま書かれたことであると判明しましたが、在任中に市議会での追求があり、市民からのイメージダウンに繋がってしまいました。

これについて本人は『政治家の殺し方』(幻冬舎)という本に「政治家を殺すのに刃物はいらない。スキャンダルをでっち上げればいいというやり方である」(本文より引用)と書いています。さらにこれを読んだジャーナリストの櫻井よしこ氏も「中田氏が置かれた状況がいかに理不尽で、その戦いがいかに激しいものだったか知ることになった」とコラムで書いています。この本は話題を呼び、インターネット通販サイトAmazonのベストセラー・ランキングでは、全書籍総合の3位にランクインしました。