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役所情報

名古屋ことばが印象的な
河村たかし氏について



強い名古屋の方言で演説する姿が印象的なのが、名古屋市長であり、地域政党「減税日本」の代表の河村たかし氏です。河村氏は、その印象的なキャラクターと言動、メディア露出などでも話題を集めます。

河村たかし氏の略歴など

河村たかし氏の略歴など

河村氏は、昭和23年に名古屋東区に生まれ、名古屋市で育ちました。なお、河村家は尾張徳川家に仕えていました。

大学卒業後、就職まで

実家は、古紙回収業・卸売業の河村商事株式会社を営んでいました。河村氏は、一橋大学商学部を卒業後、家業を手伝います。当時は、営業で頭を下げて回ったり、雑用をこなしたりするなど、本人曰く「辛酸を嘗めた」と言います。

司法試験への挑戦

その後、働く中で検察官を志すようになりますが、商学部出身で法学知識がないために夜間に地元の法律学校で学び、司法試験に挑みます。しかし、何度も挑戦したものの合格できず、人々が再チャレンジできるような社会を目指すために、政治家を志します。

政治家~名古屋市長へ

昭和58年に愛知県議会議員選挙に出馬するも、落選します。その後は、自由民主党に入党して、平成2年の衆議院議員選挙に出馬しましたが、こちらも落選しました。平成4年に離党し、翌年に日本新党公認で出馬し初当選を果たします。その後の平成8年、平成12年、平成15年、平成17年と続けて再選を果たしました。

そして、平成21年に衆議院議員を辞職して名古屋市長選に出馬し、見事、当選を果たしました。平成25年で3選となりました。

庶民派市長

庶民派市長

河村氏は、官僚ではなく地域から出た政治家として、庶民派であることを強みとしています。名古屋ことばを用いることも特徴です。これは、市民に配られる名古屋市広報の「広報なごや」の市長コラムでも変わらず、名古屋ことばで文章が綴られています。またTwitter上でも名古屋ことばでツイートしています。

減税日本

河村氏は、選挙公約に「市民税を10%減税する」と掲げ、公約通り10%減税となりましたが、これは2010年の1年限りのものでした。

市議会のリコール

平成22年に河村たかし氏の先導による、市議会のリコールを求めた署名運動が始まりました。しかし、残念ながらこのリコールは失敗します。これは、河村氏の支持団体「ネットワーク河村市長」が集めた署名が、市選挙管理委員会により、必要数より下回ったと発表されたためです。署名の中には、自筆かどうか怪しいものも含まれていたため、無効とされてしまい、リコールは不成立となりました。

これを受けて河村氏は、責任をとって市長を辞職します。そして、3ヵ月後の平成23年の選挙で再び市長の座へと戻りました。この選挙は愛知県知事選挙、名古屋市長選挙、名古屋市議会リコール選挙と同日に行なわれました。そして、名古屋市議会はリコールに賛成票が集まったため、解散しました。