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役所情報

知事から市長へ、橋下徹氏について



橋下徹氏は、弁護士資格を持ち「茶髪の風雲児」としてバラエティー番組で人気を集めていました。様々なテレビ番組に出演し、その後は大阪府知事、大阪市長を務めます。府知事から市長になる人は珍しく、現在はTwitterの発言も注目されています。

略歴など

略歴など

橋下徹氏は、東京都の出身です。中学、高校と大阪の学校に通いました。

学生時代

学生時代

特に高校は、大阪府下一の進学校である北野高校出身です。この高校は、文武両道を掲げており、勉学だけではなく部活や体育の授業にも非常に力を入れていることで有名です。橋下氏は、ここでラグビー部に所属し、全国大会出場経験も持っています。その後は、早稲田大学政治経済学部経済学科を卒業後、弁護士の道へ進みます。

弁護士時代

弁護士時代

大阪で弁護士活動をしている最中に、高校時代の先輩からラジオ番組に代理出演を依頼されて出演します。それがきっかけで関西のローカル番組に頻繁に出演するようになり、平成15年からは「行列のできる法律相談所」(日本テレビ系)に出演後、全国で知られるようになります。茶髪でサングラスという出で立ちは弁護士とはかけ離れたもので、その姿と巧妙な話術で人気を集めました。

また、他の番組出演も増え、TBSの「サンデー・ジャポン」では国際弁護士の八代英輝氏とコンビで「青空・有罪無罪」と呼ばれていました。橋下氏は「有罪の方」として扱われていました。

平成19年には、大阪府知事選への出馬を表明します。正式に表明するまでは「絶対に(出馬は)ありえない」と発言していましたが、最終的に183万2,857票を獲得し当選します。

大阪府知事時代

大阪府知事時代

大阪府の赤字削減のため、公務員の給料や手当の大幅な見直し、公共施設28ヵ所の廃止や見直しなどを進め、2,441億円の歳出を削減した他、613億円の歳入を確保しました。また、当時大阪でひったくり件数全国ワースト1が35年間にわたって続いていた状態を返上し、犯罪認知件数も就任以前の数字から20%減らしました。その他にも、高校の授業料の無償化など、子どもや教育がかかわる分野にも積極的に働きかけています。

さらに、大阪府庁を大阪ワールドトレードセンタービルディング(WTC)へ移転する提案を提出しましたが、議会がこれを否決したため、移転は実現されませんでした。

大阪市長へ

大阪市長へ

2011年には、大阪市長選への立候補を表明します。そのため、大阪では40年ぶりに知事選、市長選の「ダブル選挙」が行なわれ、現職である市長の平松邦夫氏との一騎打ちが話題となりました。結果は20万票以上の差で当選となりました。

大阪府と大阪市の二重行政の解消を目指し、大阪市と大阪府の枠組みを外した「大阪都構想」の実現を掲げています。

発言とその反応

発言とその反応

橋下徹氏は、メディアでの発言が話題となることが多々あり、自身のTwitterも注目を集めています。このような発言は多くの著名人から反感を買うことも多く、『橋下主義(ハシズム)を許すな!』(ビジネス社)という書籍まで出版されています。